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2018.12.13
職員室

ミコト屋に聞く、野菜を育てることと、人を育てること

旅する八百屋 青果ミコト屋。オーガニックを身近に味わえるように自然栽培の野菜を買いやすい価格で販売している八百屋さんです。大切にしていることは、農家さんのところに直接足を運び、思いを汲み取って野菜と一緒に届けているところ。生産者と消費者の思いをつなぐ。そんな八百屋さんです。今回はミコト屋の代表の鈴木鉄平さん(以下、鉄平さん)と「野菜を育てることと、人を育てること」について話を伺ってきました。鉄平さんは、おいしい野菜を求めて全国を旅しながら多くの農家さんと触れ合う中で感じた農業の現状と、エネルギーを注いで野菜を育てている人たちのことを真剣に、そして魅力的に語ってくれました。鉄平さんの言葉を聞いていく中で、感じたことは、野菜も人も、どちらも自然的に育てると手間暇かかるし、不格好かもしれないけれども、それらの味は強く個性的で最高だっていうこと。それでは、「野菜を育てること、人を育てること」を、よく噛んで味わってご賞味ください。

青果ミコト屋 http://micotoya.com/

「みんな違って、みんないい。野菜だって、人だって、そうなんだよ。」

かえる

鉄平さんと会ったのは山梨のイベントに鉄平さんが来てくれて、その時に生徒たちとお店を手伝わせてもらったのがきっかけだったんですよね。いろいろ食べさせてくれたって喜んでました笑。もう、なんていうか、すみません笑。

鉄平さん

普段さあ、高校生と話ししたりすることってそんなないじゃん。だから新鮮で楽しかったよ。実際お釣りは助かったよ、ほんと(笑)。

かえる

わあ、それは嬉しいです(笑)! でも、実は、お会いする前から鉄平さんの本は読ませてもらっていて、いつも真似させてもらってたんですよ。それに、イベントの後、夜にいろいろ話をさせてもらったんですよね。主に、自分がずっと話しているのを優しく聞いてもらってるだけでしたが、、笑。その中で、おこがましくも、実は野菜と人づくりの共通点って、すごいたくさんあるんじゃないかなって。農家と食卓をつなぐことも、教室と地域をつなぐことが似てるなって思いながら、鉄平さんの話を味あわせてもらっていて。

鉄平さん

共通点たくさんあると思うよ。

たしかに、本とかにも書いたと思うけど、おれは結構こう、日本全国をいろんな生産者を回っていく過程で農法とか栽培っていうのはさ、本当に本とかで知ってたより農家の数だけ栽培方法ってあってさ正解ってきっとなくて。そう。だから、やっぱりその同じ栽培方法で、種を撒いて、同じように水あげて、同じように収穫しても、やっぱりでてくるものって同じ品種だとしても全然違うじゃん。それってやっぱりその土地とか、多様な要素が種に働いていて。味噌とかもさ、みんなで一緒におなじ材料で同じ日に仕込んでも、持って帰って、その熟成する間の菌とかによってできあがり全然違うじゃん。まったく正解ないんだっていう。俺はその畑をまわることによって、みんな違って、みんないいんだっていう。画一的なものが求められる時代で感じてさ。

かえる

学校もまさにそうですよね。学校の数、先生の数だけ育て方、教育理論みたいなものがあって、それぞれ、一つ一つが正解なんですよね、きっと。同じように教科を教えたりしても、受け取る生徒によって全然ささるポイントが違ければ、全く刺さらないピンとこないっていう生徒もいます。生徒の成長に画一的な栽培方法は見つからない分、そこを見つけていく、寄り添っていくことがやりがいなのかもしれないですね。

鉄平さん

そうそう、まあ、俺は、本当、普通の小学校に通ってたし、自分の娘もそこに通っているけど、そこは今は昔より先生たちが自由度が低いよね。きっと先生たちって外から、すごい怒られちゃうから、何か特色は出しにくいんじゃないかな笑。全然いいと思うんだけどね。

 

「見た目とか細かいところで優劣がつけられちゃうけど、それって個性でしょう。」

かえる

いつも、鉄平さんの本から引用させてもらうところがあって、自然栽培のところなんです。

“自然栽培とは野菜や土が本来持っている力を最大限に引き出し、農薬はもちろん肥料すら使わずに作物を育てる栽培方法です。農薬を使わないため、野菜は自分の体を自分で守る力を育みます。肥料を与えない代わりに、自ら深く根を張り、養分をとる力を育むのです。”

ここって、すごいパンクを感じて、自分を強くもって夢中になったものに突き進んでいくような。シリコンバレーの起業家の共通点は「学生時代不良だってこと」っていうくらいだから。自然栽培はパンクだなって、こういう力を周りの環境をいかして人を育てる際にもできないかなっていうのが課題意識としてあって。

鉄平さん

人もそうだよね。勝手に育つんだよ、案外。親が見られる子どもの成長って本当に小さい時だけなんじゃないかな。野菜もそうだけど、幼なければ幼いほど、農家さんと一緒で幼少の子どもの育て方を大切にする人が多いんだよね。あとは勝手に育ってくっていうのもある。

例えば農業でいうと、田植えだったら雑草が生えすぎてたらダメだし、苗をある程度、守られた空間で育てて、かつ田んぼの雑草がまだそんなにこう大きくなる前にはじめだけ、わーっと種を撒いて育ってくるじゃん。はじめだけ、その草をとってあげて、ある程度まで育つと、もうそこからは自分次第っていうかさ。人参もさ草に負けないとかさ、あるんだよね。そうそう。やっぱり、それは子供と一緒で、なんでもかんでもしてあげちゃうっていうよりはさ、勝手に育つっていうところあるよね。強く強く。本当に幼い時に、かといって、そんなに手厚くするわけじゃないけどね。小さいうちはちゃんと見てやるっていうか。

かえる

なるほどなあ。かわいい子に旅をさせよじゃないですけど、強い子に育てる極意的な感じですよね。野菜もか。

鉄平さん

形の悪い野菜の話があって、長さが均一じゃないとA品とされない。見た目だよね。完全に。それによって値段が全然違うんだよ。等品、一級品とされるものって超大事。模様あるじゃん。メロンとかね。それをどう綺麗に作るかの勝負だから。かぼちゃとかも地面についているところは光があたらないんだよ。で、地面と接しているところはちょっと黄色っぽくなるんだよ。だから、転がして下の面に光をあててとかやるんだよ。でも、人によっては動かすと軸が痛むしとか、あるんだけど、色むらは一般市場では減点されるところだよね。細かいところで優劣がつけられちゃう。それって野菜の個性でしょっていう考え方に転換していきたいっていうかさ。実際、そこなんでか優劣をつけたがるっていうかさ。流通の都合っていうのももちろんあるんだけどさ。同じ長さで均等であれば綺麗に12本入るところが、太ってたり曲がってたりすると8本しか入らなかったりするわけ。だから、揃ったものを作るために品種改良を重ねたんだよね。

かえる

見た目が大事。就活の時にみんなリクルートスーツ来て、髪の毛黒く染めてビシッと短髪にしてっていうあれかなあ。

鉄平さん

近いものはあるかもね笑。

 

「種は、自分で自分がいつ発芽すればいいか知ってるんだよ。」

鉄平さん

品種改良ですごいのは、特に発芽もだよね。要は、だいたいタネを撒いて、みんな一斉に発芽するんだよ。でも、昔ながらの固定種って言ったら、その土地に根ざした固定種や在来種って言われる野菜って発芽もバラバラなんだよ。でも、それがいいんだよ。発芽するなんていつでもいいじゃん。ちゃんと種って、それぞれがいつ発芽すればいいかっていうのを自分で知ってるんだよ。太陽があって、水があって、よし、発芽しようって芽を出していくわけですよ。だけど、今食卓を支えてくれてるF1種っていうのは、全部発芽のタイミング一緒なんだよね。その方が管理しやすいじゃん。発芽が揃うと農業者としては管理しやすいわけ。だって、読めるじゃん。積算日数何日で出荷できるとか、あと何日でとか。じゃ、取引先と連絡できるじゃん。いついつに何本納品できますよとかね。

でも昔みたいに自家菜園とか自給自足だと、バラバラの方がいいんだよ。一気に食べれないじゃん。バラバラの方が食べる時期ずらせていいじゃん。ムラがあるんだよ、けっこう。やっぱりこう人口が増えてきて、増えていく胃袋を支えるために、農業も化学に頼るっていうのは必要だったと思うんだよ。その恩恵にも授かってきたし。一概に否定するわけじゃないんだけど、もう飽和したし、やっぱりこれからはもうちょっとこう個性というかアイデンティティというか、見直していかないとってね。

かえる

そうなんですね。やあ、普段、全然意識していないところだなあ。

ただ、教育の現場も同じことがいえるかもしれませんね。学校という畑、生徒が種で先生が肥料。その点、教育は今の日本という社会を満たしているための教育っていう感じがしています。今は大量の人材を日本という社会を維持していくためにも、点数で優劣をつけて、学校、会社を振り分けていくという時代でしたね。多産多消っぽい。発芽のタイミングも一緒で、義務教育までは一貫してきて、高校いくかどうか、大学行くかどうか、社会人になるかどうか、発芽のタイミングって18とか22とかでだいたい決まってましたよね。終身雇用の時代はまさにそんな感じ。

鉄平さん

そうそう、王道っていうかね、あったよね。

かえる

でも、今はしっかり社会が成熟してきてるから、これからロボットやAIが社会の維持を補って、むしろ担ってくれるんじゃないかなっていう時代に求められるのは、もっと人間らしい人間の教育なのかなって。成熟した社会の上に価値を生み出してくっていう、それがどうすればできるか、日々いろいろな若者に触れる中で探し続けているところです。やっぱり自然栽培のように自ら養分をとる力をどう育てていくのかっていうのは教育っていう中でも大きなテーマな気がしていて、うん。

 

「傷は頑張った証。本来の生きる力から学び、味わおうよ。」

鉄平さん

俺たちは、昔ながらのその土地の栄養をもらった、その土地の野菜を育ててる農家さんを大事にしてる。そういうふうにしてる。実際、これだけの人口を支えるってすごいことだと思うよ。だけど、本当に種を守るっていう活動は、その土地の多様性を守ることでもあって、食文化を守ることでもあるんだよ。いろんな名前がついてるんだよ、京野菜なんかもそうだよね。だいたい昔は大根とか1山越えれば品種が違うって言ってたくらい、土地それぞれでとれる野菜って違ってたんだよね。もうなくなっちゃてる野菜もたくさんあるんだけどね。今でもまだ作ってる人はいて、やっぱりカブとか大根は多くて、やっぱり漬物文化として残ってるからね。東北とか寒いところは冬にフレッシュな野菜食えないから、漬物文化残ってるよね。

かえる

へえ、食文化や漬物などの発酵の文化も種の話につながるんですね。ローカルの文化として守っていかないといけない側面もありますね。

鉄平さん

そう、だから、いろいろな野菜とか、ビシッと揃っていることって不自然なことだっていうのを伝えたい。全国の畑とかいってナチュラルな製法を見てると、もうバラバラとか色がわるい、ツヤがねえ、形悪いとか、ちょっと虫食いがあるとか当たり前で、それが個性で味が強くてうまいんだよ。でも、なんか例えばナスがちょっと傷があるとか。それは小さいころ、風に吹かれて枝に当たってできた傷だったりするんだよ。でも、それって頑張った証じゃん。そういうのをわかってくれたら、もっと愛おしくなるでしょ。二股になってる人参とかさ、地下に硬い層があってそれでも下に行こうと別れたんだなとか、それってたくましいじゃん。そういう本来の生きる力から学んで、ありがたくいただこうよって感じ。

 

「種も旅をする。違う土地で合って実る種もある。」

鉄平さん

本当に畑で学べることって結構あるよね。ちなみに、まず在来種とか固定種っていわれてる野菜は、力強い。バリバリの個性がある。だから、本当に腕のある料理人だったらすごい喜んでくれる。例えば、チェーン店とかには絶対嫌われるよね。形も悪いし、同じ味出しづらいんだもん。だけど、それがいいじゃん。それが味だし、個性だし。

かえる

調理人っていう視点は、周りの素材を生かしてくれる環境ってことですよね。その子が輝ける機会を周りが提供できないのに、無理やり地域に閉じ込めるようなことはしてはいけないし、地域だったりその土地が子どもたちに何を求められていることをしっかり理解しないといけないっすよね。

鉄平さん

ちなみにさ、種も旅するんだよ。どうするかっていうと、鳥とかに食べてもらって鳥が移動して、糞をして、そうやって日本全国いろんな品種が動いたりするんだよ。今の時代もちろん人が持ってったりもするんだけど。軽い種は風で飛ぶし、重い野菜の種は鳥とかが食べて旅をするっていうよね。だから、ここではあわないけど、違う土地で合って実るっていう種だってあるよね。だから、全然発芽のタイミングや場所を焦ることはない。明るいところが好きな野菜もあれば暗いところが好きなやつがいる。もやしとかそうだよね。

かえる

うおおおおお、まじですか。それ、すごい良い話ですね。旅する種、めっちゃ良い。自分が合うところを見つけると発芽するってことですね。学校の中でいえば学園祭かな。人前にでて目立つのが好きな子もいれば、裏方道具を作るのが好きな子もいれば、いろんな役割がうまれて、それぞれ輝きやすいところを見つることができやすい気がします。それは自分ができることが見つけやすいし、学園祭っていうある種のゴールが見えているからそれに没頭しやすい。学園祭はやだっていう子ももちろんいて、それはそれでいいなって思ってて、その子達は1人でいることを選択したりして、まさにパンクじゃないですか。

鉄平さん

わかるわかる、いるよね、絶対。それはその子たちなりにそうしてるんだからね、合う合わないはある。

かえる

そうそう、1人でいる時間をどう使うかを考えてそうしている子もいて、誰よりもテレビ見てたり、めちゃくちゃ漫画に詳しかったり、いろんな子がいる。やっぱり、それぞれ一人一人のそういう機微を見ていてあげたいですよね。先生の1番の特権は子供が多感な時期に、成長のいろいろなタイミングに携われることじゃないかと思ってて。その一瞬一瞬が子供には将来に大切な一瞬かもしれないのに、そこをスルーして、テストと部活だけで1人の人間の成長を測ってしまうのは窮屈すぎる。先生の1番の仕事は授業かもしれないけれども、生徒といかに多くの時間を過ごして成長に寄り添えるかっていう基礎があってこそかなって。

鉄平さん

自分が合うところを見つけて発芽できるように、いろんな選択肢を知るとかっていう経験が大切だよね。いいんだよ、ダメだったらダメで。次行けばいいんだから。それで、やっぱり技術革新を支えた人たちに対するリスペクトは最大限に。その時の開発者のパッションはめっちゃピュアだったと思うんだよね。生み出された時のポジティブなエネルギーを維持していくことってどうしたらできるのかなっていうのを紐解いていく時。だから、俺たちの思いとしては、過去や、そういうものを否定するのはやめようぜ。否定から生まれるエネルギーってろくなもんじゃなかったりするし。だから、その中でもポジティブな可能性や選択肢はたくさん見せてあげられたらいいよね。

 

「強い思いだからこそ伝えたい。農家さんの思いを背負って旅する八百屋。」

鉄平さん

実際教員って多忙化ってよく聞くじゃん?実際どうなの、そこらへん。

かえる

うーん、家は両親ともに教員で小さい頃から教員の生活の中で生きてきたんですよ、実は笑。

だから、忙しそうにしているのは見てましたし、今、やっぱり言われている部活動や校務っていう成績管理や学校運営事務にかんする仕事で忙しいっていうのはあると思います。でも、人それぞれで、僕は特に地方の学校が多いんですけど、めちゃめちゃいろいろな役職をやっていて、すごい忙しそうな先生もいれば、エンジョイしている先生もいらっしゃって、一概にはって感じかなあ。

鉄平さん

でも、親と近い環境を選んで今いるんだね。

かえる

はい、事業継承って言えば、事業継承なのかな。松本の藤原の兄ちゃんを見習って「前衛的世襲」って言うようにしてます笑。雑にいうと、かえるの子はかえるって笑。

鉄平さん

農家も基本的な思いとしては家業をついでほしいって思ってる。自分のところを本当は継いでほしいんだけど、やっぱりお金が決していいわけではないし、手間暇かかるし、先行き怪しいものを継がせようって思わないんだよね。やっぱり、難しいことがわかっている分、子供にそれを進めることってかなり勇気だと思うんだよね。本当は継がせたいんだけど、継げって言えない。だけど、それでも、こう、継ぐ子もいてさ、それが自分なりの栽培方法や販売方法を工夫して、テクノロジー使ったりしてハイブリットな農業やるとか、そうやって頑張って継ぐ人もいるし、それが嬉しいんだろうね。親は。内心は継いでほしいけど、子供の未来考えたら無理だろって思っちゃうんだよね。実際、圧倒的リアルに60代が多いよね。あと10年したらその人たちできなくなるから、今近々の問題だよね。

かえる

そうですよね、あと10年したらじゃなく、もう60歳できつい農作業はしんどいはずですよね。

鉄平さん

やっぱり就農するってハードル高いんだよね。自分が食べていく、プラスαくらいのはいいんだけど、半農半Xくらいだったらいいんだけどね。今だと自然災害もすごいじゃん。大雪でビニールハウスつぶれちゃったりしたら、国や行政が助けてくれないところもたくさんあるし。俺たちみたいな八百屋は別から仕入れればいいやとか、消費者はちょっと高いなっていうくらいのリスクですんじゃうじゃん。だけど、農業者にとっては死活問題で、そのリスクを生産者ばっかりが背負っちゃうんだよね。そんなリスクをとるかねっていう。やっぱり農業って先行投資だから、すぐにお金になるわけじゃないから。撒いて、3ヶ月とか1年とかかけて収入とかになるわけ。果樹なんてもっとだよ。3、8年とか木から育ててる。そこから気安く農業やれよなんて言えないよね。だから八百屋として、背負ってるリスクも含めて思いを届けて、消費者と生産者をつないでいきたいっていうのは変わらないね。

 

思いをつなぐこと。

鉄平さんが本で言っていました。「みんな野菜を育てるのに一生懸命で、あふれんばかりの愛情を注いでいる。野菜も生き物ですから、きっとそんな農家さんの思いを汲み取って育っているのだと思います。」

野菜も人も育てる人の思いが伝わって育っていく。私たちや農家さんが結局してやれる仕事は素材が持っている力を最大限に引き出せるように環境を整えてあげること。普段から、生徒たちと一番多くの時間を過ごし、生徒の成長の機会に一番近い先生たちを心から羨ましく思います。そして、その大変さに尊敬もしつつ、私たちかえる舎という学校外部の存在として、子どもたちの成長への兆しと、先生たちの思いを汲みつつ環境を整えて、それぞれの可能性を広げたいなと思いました。鉄平さん、本当に貴重な時間をありがとうございました。HAVE A BEGETAFUL LIFE!

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